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スポーツブランド

ミズノ設立紹介まとめ|こだわり続けた原点とも言える言葉とは

ミズノは総合スポーツ用品のメーカーとして国内外で知られていますが、特に野球用品が有名です。

イチローや松井秀喜のCMは「野球用品ならミズノ」といったイメージを広げました。

1918年12月8日にアメリカ大リーグ・ヤンキースの田中将大投手が大阪市内で「ミズノ」のイベントに出席し、小学生に野球指導を行ったことがニュースで話題になりましたが、ミズノはスポーツの振興を通して社会貢献もおこなっています

 

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ミズノの設立

1906年に、水野利八は弟利三と大阪市で運動着などを扱う水野兄弟商会を創業しました。

その後、1913年から野球用品の製造販売を始めました。

水野利八

1923年「美津濃運動用品株式会社」を設立し、1942年には商号を「美津濃株式会社」に変更しました。

1987年、社名表記が漢字の「美津濃」からカタカナの「ミズノ」に変更されました。

本社は大阪市住之江区南港北、東京本社は東京都千代田区神田小川町です。

ミズノはスポーツの振興にも積極的で1970年には財団法人水野スポーツ振興会(現在の名称はミズノスポーツ振興会)が、1977年には財団法人水野国際スポーツ交流財団(現在の名称はミズノ国際スポーツ交流財団)が設立されています。

 

 

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ミズノの商品

ミズノはあるゆる競技用品を販売していますが、野球や陸上、水泳などの競技用品全てにおいて、競技用専門分野のブランドというイメージを強く押し出しています。

2011年からはプロ野球全球団の統一仕様球を供給するようになりましたが、グラブ、スパイク、バット、バッティンググラブなど野球用品に関しては圧倒的なシェアを今も維持しています。

また、軟式野球ソフトボールでは2002年に飛距離が得られると人気が出たバット「ビヨンドマックス」を発売しました。

サッカーではミズノのスパイク、モレリアIIシリーズが多くのJリーグの選手に愛用されています。

1993年のJリーグ発足時には全チームのリーグ戦用ユニフォームがミズノ製でした。

水着では1965年に英国のメーカーSPEEDO社とライセンス契約を結びました。

2006年創業100周年を迎えたのを機に、SPEEDO社とライセンス契約を打ち切り全商品のブランドを「MIZUNO」に統一しました。

 

ミズノの取扱商品

野球用品、ゴルフ用品、テニス用品、サッカー・フットサル用品、バスケットボール用品、バドミントン用品、ソフトボール用品、バレーボール用品、卓球用品、ラグビー用品、ハンドボール用品、陸上用品、ランニング用品、スキー・スノボー用品、水泳用品、マリンスポーツ用品、アウトドア用品、ダイビング用品、ストリートスポーツ用品、武術・格闘技用品、バレエ・ダンス・新体操用品、自転車、釣具などあらゆる種目のスポーツ用品の販売を手掛けています。

 

 

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「ええもんつくんなはれや」はミズノの原点

ええもんつくんなはれや」は水野利八が品質にこだわり続け、常に機能性やデザインの向上を目指した原点ともいえる言葉です。

その言葉をミズノは今も受け継いでいます。

早くに父親を亡くした水野利八は、わずか12歳で丁稚奉公に出て修行を積み、やがて弟と水野兄弟商会を創業しますが、常にアイデアマンであったようです。カッターシャツやポロシャツのネーミングも水野利八によるものです。

他にも丁稚奉公から大企業を創業したのはパナソニック(松下電器産業)のは創業者である松下幸之助、本田技研工業 の本田宗一郎などが有名です。

 

 

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まとめ

ミズノといえば、「昔からある信頼できるブランド」といったイメージです。

最近ではスポーツ用品の靴やコートを街着として楽しむ人が増えましたが、若者のストリートファッションとしてのシューズは、ニューバランスやナイキにやや人気があるようです。

しかし、スポーツ業界の中ではランニングシューズの履き心地や機能性の点ではミズノが日本人の足に一番合っていると言われています。

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