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スポーツブランド

ナイキ創設の歴史まとめ|設立にはこんな背景があった

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ナイキは、1968年にスポーツ用品を扱う会社として、アメリカ合衆国のオレゴン州で設立されました

その前身は1964年設立のBRS社(ブルーリボンスポーツ)です。

日本では1971年に日商岩井がBRS社と取引を開始しており、1977年から日本でナイキ商品が販売され、1981年に「ナイキジャパン」が設立されました

 

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ナイキの設立当初の様子と設立の背景について


1964年にフィル・ナイトビル・バウワーマンによってBRS社(ブルーリボンスポーツ)として設立されたのがナイキの始まりです。

オニツカタイガーというスポーツシューズのブランド名をご存知の方も多いと思いますが、1949年に神戸で生まれた鬼塚喜八郎による「鬼塚商会」によるブランドです。

鬼塚氏はアシックス創業者

1969年に後のナイキ、BRS(ブルーリボンスポーツ)社が、オニツカタイガーのアメリカ販売総代理店を務めています。

ナイキ創業者のフィル・ナイト氏は、オレゴン大学時代には陸上選手でした。

当時から日本のスポーツシューズに関する技術力や製造コスト面に注目していたようです。

そんなフィル・ナイト氏が、1962年11月に卒業旅行で日本の神戸に立ち寄ったのが現在のアシックスの前身であるオニツカタイガーの創始者、鬼塚喜八郎氏と出会うきっかけとなりました。鬼塚氏44歳、ナイト氏24歳でした。

その後1966年にはサンタモニカに一号店をオープンし、オニツカ社とは密接な関係を続けてきましたが、オニツカ社との取引を止め、1971年に日商岩井と提携することになります。

 

  • フィル・ナイト

世界で最もブランド価値の高いアパレル・ブランドは、一人の若者の突拍子もない仮説から誕生した。
「かつてドイツの独壇場だったカメラ市場を日本メーカーが席巻した。ランニングシューズ市場でも同じことが起こる可能性があるのではないか」。
1960年代前半にこの論文を書いたのは、スタンフォード大学大学院で経営学を学んでいたフィル・ナイト。
自分の仮説を実証するために彼が作った、日本製ランニングシューズの輸入販売会社「ブルーリボン」は、その後「Nike(ナイキ)」と名前をかえ、今や売上高343億ドル(3兆7700億円)、株式時価総額926億ドル(10兆1800億円)の巨大企業になった。

http://bunshun.jp/articles/-/7813引用元

  • ビル・バウワーマン

1940年代後半、バウワーマンは大学の陸上チームのコーチに就きました。
勝つために必要なものを求める熱意は、シューズの試作にもつながりました。
バウワーマンの実験は1950年代後半から始まり、最終的な形になったのはその何十年も後のことでした。
1972年に正式に 発売されたナイキコルテッツは、スポーツシーンを未来に進めて行くというナイキの使命を表したモデルとなりました。

https://flymag.jp/news/2015091519640/引用元

 

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ナイキジャパンの設立当初の様子と設立の背景について

フィル・ナイト氏が33歳の時、1971年に日商岩井と取引が開始され、1977年から日本でのナイキ製品の販売が進められ、1981年に日商岩井との合弁会社「ナイキジャパン」が設立されました。

信頼関係を築いてきたはずのオニツカ社との関係は提携終了後も円満とはいえず、フィル・ナイト氏の相棒ビル・バウワーマンが名付けた「コルテッツ」の名称をオニツカ社が使い続けたことから、オニツカ社を訴えることになります。

お国柄の違いで、ジャパニーズ的には「恩を仇で返す」的なとらえ方方もあるようですが、オニツカ社は和解金を支払い、今もアシックスとしてシューズ業界では確固たる地位を築いています。

 

 

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斬新なナイキ

ナイキの人気は機能性はもちろんのことながら、ロゴマークの「スウッシュ」のデザインの魅力にもあります。

ギリシャ神話の勝利の女神であるニーケー「Nike」が翼を広げたようなデザインはポーランドの女学生がデザインしたものです。

このナイキのシンボルロゴは文字や言葉を超えるものと判断したナイキは、1995年以後、タグや箱などをロゴマークのみにしました。

ナイキといえばタイガー・ウッズマイケル・ジョーダンなど超一流スポーツ選手がビジネスモデルとなっていますが、彼らのインパクトの強さは誰にも負けません。

ナイキのシューズの主な商品は、コルテッツ、エアフォース1、エアジョーダン、エアマックス、ショックスなどがありますが、毎年少しずつモデルチェンジしています。

また、サッカーや野球のユニホームにも人気がありますが、意外にもジャストフイットで機能的なカットソーやレギンスが街着としても使えると女子に人気があります。

おしゃれ着として使用しても違和感のないのがナイキの魅力です

 

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まとめ

1990年にナイト社長の提案で日商岩井本社敷地内に日本庭園「日商岩井ガーデン」が作られ、同社とは今も良好な関係が続いています。

ナイキはフィル・ナイト氏が卒業旅行で日本の神戸に立ち寄ったことからオニツカ社との取引が始まり、1971年に日商岩井と提携することによって10年後に日商岩井との合弁会社「ナイキジャパン」が設立されました。

世界を代表するナイキは、その転機ごとに日本の企業と関わってきました。

次はナイキがどのような展開を見せるのかも、日本人として楽しみのひとつでもあります。

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